生体構造化学研究室

▶ 研究内容


1. 創薬関連膜タンパク質のX線結晶構造解析

 膜タンパク質は、全タンパク質の30%を占め、細胞間情報伝達など重要な役割を果たしています。膜タンパク質の多くは創薬ターゲットでもあり、市販の医薬品の50%以上が膜タンパク質に作用することが知られています。膜タンパク質の立体構造はドラッグデザインなどの創薬に重要であり、産業界からの期待も大きいのですが、膜タンパク質の構造解析はきわめて難しく、現在でも700種類程度(ヒト由来は8000種類の中で50種類程度)の構造が得られたにすぎません。今後、膜タンパク質の立体構造を体系的かつ網羅的に決定してゆくためには、下記の3点の技術開発が重要であると我々は考えています。



(1) 統計熱力学計算に基づく膜タンパク質の理論的耐熱化法の開発

(京都大学エネルギー理工学研究所 木下研究室との共同研究)
 膜タンパク質は一般に不安定であり、大量に調製することが困難です。特定のアミノ酸残基を他のアミノ酸に置換することにより膜タンパク質を熱安定化できることが知られていますが、それを実験で発見するのは非常に大変です。私たちは「生体膜を形成するリン脂質の炭化水素鎖の並進配置エントロピーが膜タンパク質の熱安定性を決定づける最も重要な因子である」という新しい考えに基づき、アミノ酸をどう改変すれば熱安定化できるのかを液体の熱統計力学理論を用いて短時間で予測する方法(エントロピー基盤法)を開発しています。





(2) 膜タンパク質の大量発現・精製システムの開発

(1)の方法により予測された熱安定化変異体を大腸菌や出芽酵母の発現系によりスクリーニングすることで、膜タンパク質の大量発現・精製を可能にします。さらに、ランダム変異導入を用いた進化工学的アプローチと組み合わせることにより、大きく熱安定化した高発現変異タンパク質を素早くスクリーニングする技術の開発も行っています。





(3) 抗体を用いた膜タンパク質の結晶化法の開発

 膜タンパク質と特異的に結合する抗体を用いて、膜タンパク質/抗体複合体を形成させて親水性表面を拡張することによって結晶性を向上させるという戦略が有効です。我々は、膜タンパク質に結合するモノクローナル抗体作製のための免疫法やスクリーニング法の開発および膜タンパク質との共結晶化法の開発を行っています。







2. 創薬につながるV-ATPaseの構造、機能の解明

 V-ATPaseは、ヒトなどの真核生物の生体膜に存在し、水素イオンを膜の外から中に運ぶことで膜内のpHを調整しています。また、V-ATPaseは骨の形成に関わる破骨細胞やガン細胞の膜にも存在しており、骨粗鬆症やガン細胞の増殖・転移に関与していることが分かっています。そのため、V-ATPaseの分子メカニズムを知ることはこれら疾病の理解に繋がりますし、V-ATPaseの阻害剤は治療薬として期待されています。
 我々は、バクテリアにもV-ATPaseと似た酵素があることを発見しました。すでにこの酵素の構造や機能について多くの成果を出しており、本酵素の詳細な分子メカニズムの解明を目指しています。また、バクテリアV-ATPaseの研究で得たノウハウを使って、ヒトV-ATPaseの構造機能解析を開始しています。現在では、次のステップにもとりかかっており、化合物ライブラリーから候補化合物を選別しています。最終的には得られた化合物の構造をもとにしてV-ATPaseの新しい阻害剤を創出したいと考えています。



 上記で開発した技術を駆使して、多くの創薬関連膜タンパク質の詳細構造を明らかにし、その成果を社会へ還元していきたいと考えています。